座談会「Vのキセキ【第1回演奏会篇】」その2
東日本大震災直後の演奏会
- 第1回演奏会は2011年3月30日、つまり東日本大震災後間もない時期に行われました。
- まずは、震災直後の合唱団の対応はどのようなものでしたか?
- とりあえず3月11日に練習を組んでたんだけど、まず「練習できるの?」って話になって。
- そりゃそうだ。
- 山手線が全部止まっててさ。俺は京王線来るの待ってたら、車掌さんが「これ今日中無理っすよ!」って言ってるのが聞こえて「やばい」って思ったんだけど。でも指揮者の森田先生は「いやあ、いつか電車動くっしょ」て言っててさ。
- 人身事故レベルだと思ってたのね(笑)。
- でもちゃんと駅員さんに聞いたら首都圏の電車全部止まってるってことだし、メールも全部使えなかったからTwitterのDMでやりとりしてさ。
- Twitter強かったよなあ。あの時。
- 練習中止にしましょうって言ったんだけど、森田先生は「いや、来れる人だけでもやろう」って言ったのね。
- でも、よく考えたら逆に埼玉住まいの森田先生が東京に来れるのかって話になって。
- そりゃ首都圏全部電車止まってるからね(笑)。
- ぶっちゃけあの時はみんな事の大きさを理解してなかったからね。
- 演奏会2週間前だったし第1ステージの練習とか全然出来てなかったから練習しなきゃやばかったんだけど、「これは練習できない」って結論に至って。
- 安否確認したんだよね。参加の意思確認もして。
- 3/30の当日、演奏会は実現しましたが、昼の時間帯にVF、夜の時間帯にVVの演奏会という構成になったそうですが。
- VFが使う予定だったホールも使えなくなってさ。 VV取りまとめてた俺のところに、VFの方からさくらホールを昼使わせて欲しい旨の電話が来たのね。
- VVが本番夜だから、どうせ昼はホールも使わないだろうしって思って、俺も良く考えずに「まあ良いんじゃないっすか」って了承したの。
- でも、よくよく考えたら昼VVのリハーサルじゃん。
- それな(笑)。
- そう、俺も完全に忘れてて(笑)。でも言っちゃったものはしょうがないしってことで、リハーサルについては追々詰めていきましょうって話になったんだけど。
- 追々(笑)。
- だから当日のスケジュールは結構キツキツだったんだよ。VFリハ、VVリハ、VF本番、VV本番の順で。
- 一番しんどいのは松下先生だけどね。
- 両方の団でピアノ弾いた前田先生も大概だけどな。
- VFで組曲2つ弾いて、VVで「そのひとがうたうとき」も弾いてるから。
- レセでちょっと愚痴ってたもんね。「こんなに弾いたの初めてでした〜」って(笑)。
- 震災直後は演奏会を自粛するような団体が多く見受けられたと思うのですが、演奏会を決行した理由について教えて下さい。
- 松下先生自身、「ここで自粛する意味がわからない」って仰ってた。
- なるほど。
- 震災って人災ではないからさ。福島とか被害が深刻な土地は状況が別だけど。
- 震災に関して言えば、我々はなにも悪い事はしてないただ。自然の脅威を目の当たりにしただってね。
- 松下先生は「色んなコンサートの自粛があったけど、俺にはそれが良く分からない」って。
- でもVVは出来て間もないし、団員が何考えているかまだわからないってことで、一応団員に演奏会開催したいかどうか調査したんだよね。
- 演奏会やりたくないって人はいなかったけど、個人的な都合でオンステ出来なくなった人は何人かいたよね。
- まあそれはしょうがないよ。
- そもそもやめたほうが良いのではっていう意見は無かったよね。
- 俺は演奏会の準備とかもそもそも間に合ってなかったから、どさくさに紛れて中止にしちゃえって一瞬思ってたけど(笑)、松下先生が自粛は無いって断言してたから。
- Twitterでも「自粛する意味がわからん」って呟いてたね。
- それに、やっぱりみんなどうせなら歌いたかっただろうしね。
- あらゆるものがストップしたから、みんな暇になったからってのもあるよね。
- 大学もどうなるかわかってなかったもんね。
- 万が一ここで演奏会なくなってたら、VVは空中分解してただろうね。
- VVそのものが始まってなかった。
- 演奏会できて良かったね。