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楽曲解説"Missa adventus et quadragesimae" - 基礎篇

Missa adventus et quadragesimae

楽曲解説のコーナーは、VV5thの演奏曲目を知ってもらい、当日の演奏をより楽しんでもらうための企画です!

今回はチェコの作曲家、F. エベン作曲の"Missa adventus et quadragesimae"「待降節と四旬節のミサ曲」について扱います。オルガンと1声の男声合唱によって奏でられる特徴的なミサが、数あるミサ曲の中においてどのような性格を持つ作品なのか。エベンの来歴、ミサの様式、そして言葉と曲の解釈という観点から見ていきたいと思います。

"Missa adventus et quadragesimae"について

作曲:Petr Eben (ペトル・エベン)
詩:典礼文
編成:1声(男声)+パイプオルガン

1952年作曲。エベンがプラハ音楽アカデミーに在学中に作曲した彼の最初期の作品であり、単一の声部によって歌われるのが特徴的なミサ曲です。

プラハ
▲チェコの首都、プラハ。大戦中はナチス・ドイツによって占領された

合唱音楽は、混声合唱ならばソプラノ、アルト、テノール、バス、男声合唱ならば第1テノール、第2テノール、第1バス、第2バスといった様に、音の高さに応じて複数の声部に分かれ、それぞれの声部が同時に異なった高さの音を出すことにより、ハーモニーの美しさを楽しむのが通常の形態です。

しかし、この曲において合唱は複数の声部に分かれず、全員が単一のメロディーを歌います。歌の声部がただひとつしかないのにも関わらず複数人によって歌われるというのは、この作品がミサ曲である、ということと関係しています。

"Missa adventus et quadraesimae"、このラテン語の題を日本語に訳すと「待降節と四旬節のミサ曲」となります。

待降節と四旬節というのはそれぞれ、「教会暦」と呼ばれるキリスト教独自の暦における、キリストの降臨を待ち望む期間と、キリストの受難を偲ぶ期間の名称です。

ミサ曲とは、カトリック(キリスト教の一つの宗派)のミサにおいて用いられる声楽曲のことです。ミサはカトリックの最も重要な儀式のひとつであり、キリストの死と復活に思いを馳せ、キリストによる救済に感謝を表します。そして、葡萄酒(キリストの御血)に浸されたパン(キリストの聖体)を食べることによって、キリストと信徒がひとつに結ばれる、というものです。

葡萄酒とパン
▲これらはミサにおいて非常に重要な役割を持つ

ミサ曲はこの儀式の中の様々な場面において歌われます。歌詞には「典礼文」と呼ばれる、ラテン語で書かれた伝統的な詩が用いられます。このエベンの作品も、現代的な手法がふんだんに使われている一方で、伝統的なミサ曲の様式に則っています。

ミサ曲という伝統的な様式の中でエベンはどのように作曲したのか。「待降節と四旬節のミサ曲」であるということが曲の性格にどのような影響を及ぼしているのか。この記事ではそれらの点について、エベン自身の紹介も交えながら解説します。

Petr Ebenとは?

ここではエベンの来歴を辿り、彼が音楽家としてどのような作品を遺してきたかについて触れていきたいと思います。

彼の来歴

エベンは1929年、チェコのジャンベルクに生まれ、ピアノ、オルガン、チェロを学んで育ちました。第2次世界大戦中、ボヘミアがドイツの保護領となった時期に、彼は学校から追放され、ナチスのブーヘンヴァルト強制収容所に抑留されます。エベンはカトリックとして育てられましたが、彼の父はユダヤ人だったのです。

チェコ周辺地図
▲チェコ共和国の周辺地図。ドイツやオーストリアと隣接する

ヨーロッパ全域の地図を見る

戦後、エベンはプラハ音楽アカデミーに入学し、1945年に卒業するまで、ピアノと作曲を学びます。前述した通り、この記事で紹介する"Missa adventus et quadragesimae"は、このプラハ音楽アカデミー在学中に書かれたものです。

1955年から、彼はプラハ・カレル大学で音楽史を教え始め、1977年から78年にかけては、イギリス、マンチェスターのロイヤル・ノーザン・カレッジ・オブ・ミュージックで作曲法の教授を務めました。

冷戦のもとチェコスロヴァキアが共産化する中、生涯を通じてエベンは共産党への参加を拒んだため、音楽家として成功する多くの機会を失いました。しかし、1989年に母国の共産党政権が倒れた翌年、彼は母国のプラハ芸術アカデミーで作曲法の教授となります。その他にも、プラハ春音楽祭の会長やメダル・オブ・メリットなど、重要な地位や賞をいくつも与えられました。

プラハ
▲エベンが教鞭をとったプラハ・カレル大学。中欧最古の大学として知られる

病気に苦しめられながらも、エベンは晩年までオルガンや合唱のための作品を作り続け、2007年にプラハで亡くなりました。

その音楽

エベンの作曲活動は多岐に渡り、声楽、合唱、ピアノ、交響楽、室内楽などのジャンルにおいても様々な作品を残しましたが、エベン自身がオルガンの即興演奏を得意としたこともあり、最も多く書かれたのはオルガン作品です。

「オルガン協奏曲第1番」、「オルガン協奏曲第2番」、"Sunday Music"、"Laudes"、"Mutationes"、「ディートリヒ・ブクステフーデへのオマージュ」、"Job"、"A festive Voluntary"、"Momenti d’organo"などが、主なオルガン曲として挙げられます。

エベンの音楽はしばしば新表現主義的1とも呼ばれ、同じくオルガンを得意とした同時期の作曲家、オリヴィエ・メシアンと比較されることも少なくありません。"Missa adventus et quadragesimae"もオルガンが活躍する作品であり、無調とは言わないまでも、オルガンパートに不協和音が多用され、現代的な手法で書かれています。

ミサの役割と「待降節、四旬節」

作品の詳細な解釈を考える前に、まずはカトリックにおいてミサがどのような役割を持ち、そして「待降節」、「四旬節」がどのような暦を示すものなのかについて、迫ってみたいと思います。

カトッリックにおけるミサの役割

ミサは「感謝の祭儀」とも呼ばれる、カトリックの儀式です。ミサという名称はラテン語の"Ite, missa est (行け、送られた)"という、儀式の最後の言葉に由来しています。この文において「送られた」のは「いけにえ」、すなわち、人類の罪を贖うために十字架にかけられたキリストであるとされています。

ミサの主題は「聖変化」にあり、祭壇に捧げられたパンと葡萄酒がキリストの体に変化するというものです。これは、新約聖書の「最後の晩餐」の場面において、キリストがパンと葡萄酒をそれぞれ「自分の体」「自分の血」として弟子たちに与えたという事跡に由来します。

最後の晩餐
▲レオナルド・ダヴィンチによる「最後の晩餐」

ミサは、祭儀が開始される「開祭の儀」、聖書が朗読される「ことばの典礼」、聖変化が行われる「感謝の典礼」、聖体拝領が行われる「交わりの儀」、祭儀が終えられる「閉祭の儀」の順に進行します。特に交わりの儀で行われる「聖体拝領」とは、キリストの聖体に変化したパンを食べ、キリストの御血に変化した葡萄酒を飲むことで、キリストと信徒が交わり、ひとつになるという儀式を指します。

ミサ曲はこの祭儀の中で歌われるもので、「開祭の儀」で歌われる「キリエ(憐みの讃歌)」と「グローリア(栄光の讃歌)」、ことばの典礼で歌われる「クレド(信仰告白)」、感謝の典礼で歌われる「サンクトゥス、ベネディクティス(感謝の讃歌)」と「アニュス・デイ(平和の讃歌)」の五曲を基本的な構成要素とします。

これらは典礼文の中の「通常文」に基づくもので、ほぼ全てのミサ曲で常に歌われます。またこれらの他に、「固有文」と呼ばれる典礼文に基づく曲が、時と場合に応じて付け加えられます。

ノートルダムのミサ曲
▲一人の作曲家による最初のミサ曲と言われる、ギヨーム・ド・マショー「ノートルダムのミサ曲」

19世紀以降、ミサ曲は単なる宗教的祭儀のための音楽という枠組みを越えて、演奏会用の芸術作品としても作曲されてきました。しかし元来はミサにおいて信徒らによって歌われる歌であるため、大人数によって一つの旋律が歌われる姿こそが本来の形であると言えます。

演奏会用の作品として考えると、単一声部による合唱作品というのは珍しいものです。しかし、ミサのための音楽として見れば、ただひとつの旋律が大勢の人々によって歌われるというのは、至極自然なことなのです。

「待降節」と「四旬節」とは?

キリスト教には「教会暦」というものがあります。カトリックでは、キリストの生涯における重要な出来事に関連する記念日や期間を1年間の周期に配分し、教会暦としています。ミサの様式(典礼、朗読の配分、祭服の色など)もこの教会暦に基づいて決定されます。

待降節(Adventus)」はキリストの降誕を待ち望む期間で、元々は「到来」を意味するラテン語です。教会暦の年間の始まりの節であり、11月末〜12月初頭から、クリスマス・イヴまでの約4週間続きます。

粛々とキリストの降誕を待ち望む期間であり、ミサでは、悔い改めの色である紫の祭服が用いられます。また、伝統的に悔い改めの為の断食も行われます。

この時のミサ曲の特徴として、栄光の歌である「グローリア」は歌われず、オルガンも演奏されない、というものがあります。ただし、第3主日(3番目の日曜日)は「バラの主日」とされ、例外的にオルガンの演奏が許されます。これはバラ色が喜びの色を表すことに由来します。

オルガン
▲オルガンはミサにおいて重要な役割を果たす

四旬節(Quadragesimae)」は、キリストの受難を思ってその苦しみを分かち合い、償いの気持ちに伏す期間です。Quadragesimaeとはそもそもラテン語で「40番目」という意味であり、復活祭の40日前(実際はキリストの復活を記念する日曜日を除く46日前)の期間が四旬節にあたります(四旬とは40日のことを指します)。

洗礼志願者は洗礼を受けるための準備をし、信徒は自らの洗礼を思い起こし、キリストの復活を祝う復活の主日に備えます。

四旬節においても、伝統的に節制や断食が行われます。ミサにおいても、祭服は紫色で、「グローリア」や「アレルヤ」は歌われず、オルガンは控えめに用いられます。しかし第4主日は「レターレ(喜び)の主日」であり、自粛の雰囲気が弱まります。

待降節と四旬節に共通する特徴は、来るべき時に備えて喜びを抑える期間だということです。よってエベンの「待降節と四旬節のミサ曲」においても、栄光を歌う「グローリア」は演奏されません。この作品を貫く雰囲気はやはり厳粛であり、自らを振り返り、やがて来る時を待ち望む精神が表現されています。

  1. ^ 十二音技法や無調音楽を特徴とする、戦後現代音楽に特徴的な動向