VV5th

戦争の記憶

 ヴォーチェス・ヴェリタスは、先の大戦を一つの軸に据えた演奏会を企画しました。戦争、特に反戦をテーマとした芸術作品はこの世に多く存在しています。今回はそうした数多の作品の中でも、反戦といった「戦争に対する思想」に終着したものではなく、より詩人や作曲家の本質に迫る「戦争の記憶」が感じられる作品を選びました。

それぞれの戦後

 取り上げる作者のうち、P. エベン、K. ペンデレツキ、A. ペルト、三好達治、丸山薫、三善晃は青年時代に戦争を経験した世代の詩人、作曲家です。私たちは終戦70年の時代を前にもう一度、私たちの知ることのできない本当の戦争を知る彼らの証言に耳を傾け、あの戦争が何だったかを考えてみたいと思ったのです。

 戦争に対する彼らの想いは様々です。例えば三好達治は、戦時下においては戦争を肯定する詩作(戦争詩)を発表しており、今なお戦争協力者と批難されることのある詩人でもあります。戦争賛美の詩を書きながらたくさんの戦友の死を見つめ、日本が敗戦を迎えた後に発表された詩が「王孫不帰」でした。一方で達治の詩に付曲した三善晃は、一貫した「反戦」という思想を持った作曲家であり、「王孫不帰」も「反戦を主題とした一連の作品群の先駆け」と明言しています。

苦しみは変わらない

 「苦しみは変わらない、変わるのは希望だけだ」とは、フランスの作家アンドレ・マルローの言葉ですが、この言葉の本質は「苦しみ」にあるのでしょうか、それとも「希望」にあるでしょうか。

 私たち人類はしばしば苦しみや絶望といった負の感情を行動のきっかけとしてきましたが、苦しみへの報復はやはり同じ苦しみしか呼び起こしません。苦しみを共有できないことに対する不安も変わることはないのかもしれません。「戦争の風化」という言葉は、終戦から10年と経たないうちに使われ始めたと言います。

新しい希望

 演奏会の後半では音楽監督・松下耕の新作を含む、「戦争を知らない」世代の作曲者たちによる作品を取り上げます。年月が過ぎるほど、先の大戦が実際にどういうものであったか、その全てを知ることは困難になっていきます。

 ならばいっそ、音楽とともに大戦を生きた一人ひとりの記憶を辿り、読み解き、それらの想いを昇華するような歌は歌えないのでしょうか。私たちは70年前の戦争を知りませんが、私たちの歴史はその70年前から途絶えること無く続いています。

 私たちは音楽を通してその歴史と向き合い、その日会場にいる皆様とともに、また新しい希望を見つけたいのです。

文責:宮城太一(2014年度コンサートマスター)